ミャンマーの新首都

2006年の10月にかつての首都ヤンゴンから、新首都ネーピードへの移転が発表されました。残念ながら、新首都であるネーピードには一般の観光客の立入は認められておらず、他にも自由に立ち入れるエリアもあれば、許可が必要なエリア、観光客は立入禁止となっているエリアに分かれており、訪れる際には慎重に確認しておくことが必要です。旅行記を読んでいても、事前の情報とエリアの変更があったというケースがあります。最新の情報を仕入れるようにしておきましょう。

旅行記の読み方

ミャンマーの情報収集のために旅行記を読むのか、楽しむために読むのかを明確にしておく必要があります。限られた時間で情報を集めたいのであれば、余計な箇所を読み飛ばしていくことが必要であり、ネット上で公開されているミャンマー旅行記から情報を得る場合には、検索機能の駆使が鍵となっていきます。たとえば、治安の状態を知りたいのなら、訪問予定の街の名前とトラブルといった単語を使うことにより、情報を得られる可能性があります。

ミャンマー旅行記の関連情報

パゴダの国との奇妙な縁(ミャンマー旅行記)
旅行会社で働くミャンマー人とも知り合いになったお陰で、チケットもすんなりとGET。 と、そこまではよかったが、このフライトは成田-バンコク間がシンガポール航空、バンコク-ヤンゴン間がタイ国際航空という新ルート。9時半のフライトだってのに、航空券は成田でバウチャー引換えになるので、出発二時間前、つまり7時半には成田に着いていないと受取ができないらしい。何でそんなに早く行かなきゃいけないの〜!? というわけで、眠い目をこすりながら夜明け前の朝5時には家を出るはめに。バスはまだ走ってないので大荷物を担いだ僕、徒歩で最寄りの駅へとトボトボ歩いて行く。

ミャンマー旅行記
別の運転手が座っており、聞くと案内の人は両替屋であつた。カウンターで私の前に並んだ観光客も同じように両替屋らしき人がタクシーに同乗していたので、タクシーと両替屋はつるんでいるようだ。 3人乗ったタクシーで市内へ。 両替屋はしつこく両替をすすめるが両替しないと今度はホテルをすすめる。両替もホテルも頼まず気まずい雰囲気で市内で降りる。

ミャンマー旅行記 - バガン
その後は何事もなく、無事ヤンゴンに到着。最初に会った兄弟の家を訪ね、再会を果たす。家で休憩させてもらい、昼食をご馳走になった。そして、夕刻にタクシーで空港へ向かい(空港まで500チャット。安い。空港からはUS$3=約1000チャット)、ミャンマーからタイを経由して日本へ。こうしてミャンマーの旅は終わった。

いなぽんの東南アジア旅行記
私の入国時は空港職員がガッチリとガードしていたので、とても強行突破できるような状態ではなかった。そんなわけで、US$300がすべてFECになってしまったのである。ああ悲し・・・。私の便で強行突破できた人はいなかったように思う。

ビルマ(ミャンマー)旅行記
私は最初この子達も冗談でコイツの話にのってるのかなー?と思ってたけど話続けるウチにけい子ちゃんは男の子が何か言う度に真っ赤になっていく。一緒に写真を撮り、住所交換をかわし文通を約束し、またすぐに来るからなどと涙目で約束していた。マジですか?

ミャンマー移住情報・査証編
イミグレーションオフィスにて就学査証に切り替えます。また6ケ月毎に査証更新を行い、ステイ・パーミッションというスタンプを押してもらう必要があります。査証更新料は90ドル。また学生はヤンゴン市内から許可無しに出ることはできず、国内旅行の場合は5週間前に届け出て許可を取得する必要があります。

マラッカ航海日誌補遺 ミャンマー
タイ語というときの「パサ・タイ」のパサ(言語)がチャイントーンのタイヤイの人にはまったく通じなかった。(それでもタイヤイはタイ人と違ってニコニコしていた。タイ人なら耐え難いしかめっ面をする場面である)。ちなみに、ネパール語では「ネパリ・バサ」、マレーシアでは「バハサ・マレーシア」。



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